2021/05/25
[マレーシア] なぜクアラルンプール-シンガポール高速鉄道計画はキャンセルされたのか
クアラルンプールとシンガポールを1時間半で結ぶはずだった高速鉄道計画は政治の餌食になった、とAsian Nikkeiは表現しています。
シンガポールとマレーシアの相互依存関係
コロナウィルスで世界の距離感は変わりました。シンガポールとマレーシアを隔てるたった1キロほどの橋は、もっと遠いものになっています。というのも、両国は2020年3月からお互いの国境を閉鎖しているからです。
しかし、5月17日、両国間の行き来が、家族の葬式や危篤状態の病人の見舞いに対して許可されるようになりました。なぜ、マレーシアで感染者数が増加した際にこのような動きがあったのでしょうか。
それは、両国が、国境を越えて移動するクロスボーダーの通勤者に依存しているからです。毎日ジョホール海峡を越えてマレーシアからシンガポールに通勤していた約30万人は、2020年、仕事にいけなくなりました。2020年8月には、企業や従業員の声を受けて、クロスボーダー通勤者がシンガポールに入ることが、90日以上滞在することを条件に認められるようになりました。
多くの場合は、在シンガポール企業がマレーシア人従業員のために住宅を手配する形になりました。そのような方法は高価ですが、シンガポール国内で製造業要員を雇用するのは難しいため、企業は選択肢がなかったのです。
この状況は、両国の相互依存的な関係を浮き彫りにしています。高度に成長した都市国家シンガポールと豊富な土地と資源をかかえるマレーシアが、ゆるやかに統合された経済圏を形成しているのです。両国の輸出・輸入の約10%をお互いの国が占め、お互いが中国に次ぐ第2の貿易相手国となっています。
経済統合加速が期待された高速鉄道計画
国境を越える高速鉄道計画は、2010年から開発が進められ、両国の経済統合をさらに加速させることが期待されていました。しかし、2021年1月、両国の政府はプロジェクトの終了を発表しました。3月末には、マレーシアは約1億280万シンガポールドル(約84億円)の賠償金をシンガポールに支払っています。
2013年、シンガポールとマレーシアは、350km離れたクアラルンプールとシンガポールを90分で結ぶ計画に合意をしました。正式な契約は2016年に締結され、両国は東南アジア初となる高速鉄道計画の建設と運営を行う会社を開かれた国際入札プロセスを経て選定することとなり、大きな話題となりました。
日本でも、JR東日本、住友、日立のコンソーシアムが日本の新幹線に似た計画を提出しました。推定コストは2兆円でした。中国、韓国、ヨーロッパの企業もまた競争入札をすることが予想されていました。
しかし、このプロジェクトはマレーシアの政治混乱に巻き込まれてしまいました。2018年、ナジブ・ラザクに代わって政権に就いたマハティール・モハマッドは、プロジェクトの巨額な費用を負担することに難色を示し、シンガポールに対して1,500万シンガポールドル(約12億円)の賠償金を支払って、2年間プロジェクトを凍結しました。
マハティールの後に2020年3月政権に就いたムヒディン・ヤシンは、プロジェクトの期限を7か月延長して見直し交渉を行いましたが、約束通り年末までにシンガポール側と合意に達することができませんでした。
高速鉄道計画浮上の背景
そもそもどうしてこの高速鉄道計画が浮上したのでしょうか?そして、どうしてキャンセルとなったのでしょうか?歴史を追っていくと、プロジェクトの発端も終わりもマレーシア側にあるようです。
中所得国を脱して先進国の仲間入りをすべく、ナジブ政権は2010年、近い将来に実施すべき131プロジェクトの中心的な存在としてクロスボーダーの高速鉄道計画を盛り込んだ「経済変革プログラム(Economic Transformation Program)」を策定しました。
マレーシアは、シンガポール側の合意を得るために、長年の課題に対しても譲歩しました。マレーシア側は、シンガポールの中心を通り都市開発の妨げとなってきたマラヤン鉄道の土地と施設を所有しているのですが、2011年、ナジブ元首相は、2013年の合意に先立って、ターミナルを国境近くに移し、線路を撤去しました。
2018年、シンガポールのISEAS-ユーソフ・イシャク・インスティテュートの見積もりによると、高速鉄道はマレーシア側に年間15.9億ドル、シンガポール側に6億4,000万ドルの経済効果をもたらすことになっていました。同時に、ジェトロ・アジア経済研究所は、タイで計画されていた高速鉄道4本の推算を行いました。最も経済価値があるとされているバンコクとノンカイ県を結ぶ北東線でも、累積効果は10年で115.4億ドル、年間平均は11.5億ドルだったといいますので、高速鉄道計画で期待される経済効果はそれを上回っていました。
交渉決裂の理由
このような有望なプロジェクトがどうして振出しに戻ってしまったのでしょうか。課題は新型コロナウィルスがもたらした経済的な負担だけではなく、マレーシア側が取引の条件変更を提案したことがキャンセルの原因になったようです。
合意内容は、車両の提供、線路の敷設、システムのデザインと運営のための会社を国際入札を通じて選定するというものでした。しかし、マレーシア政府は、2年間の遅れを取り戻すべく、この国際入札の条項を落として、プロセスをなくすことを提案しました。
しかし、シンガポール側はその新しい条件を受け入れられませんでした。オン・イエクン運輸大臣は、プロジェクトが取り消しになったのち、シンガポール側は両国の利害関係が守られるように国際入札を通じて会社を選定したかったが、その条項を除くことで二国間合意から基本的に離脱したことになったと述べています。
プロジェクトが終了した直後、マレーシアは、自国内の部分の建設の討議を始めましたが、日本のコンサルティング会社の上級役員はその案に冷ややかだったと報じられています。というのも、「プロジェクトが魅力的だったのは、シンガポールがターミナルの一つだった」からです。
大きな期待が寄せられた高速鉄道計画でしたが、その撤回を迎え、両国の距離感を浮き彫りにさせる結果となりました。
(出所:Asian Nikkei、Today Online)
(画像:Photo by Nalau Nobel on Unsplash)
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