2023/04/06
不動産コンサルティング会社クッシュマン&ウェイクフィールドが、フィリピンの不動産市場に関するレポートを発表しているので見ていきましょう。物価高と利上げの影響があちこちで見られています。一方で、数年前にはフィリピン国内のオフィス、レジデンシャル不動産の需要をけん引したPOGO(フィリピン・オフショア・ゲーミング事業者)の全面的な禁止に向けた動きが進む中、IT-BPMを中心とするアウトソーシング業界とデータセンター事業に注目が集まりそうです。
■不動産市場一般
・銀行業界の不良債権(NPL)は、10か月ぶりに増加し、2023年1月、4,051億ペソとなりました。2022年12月は3,988億ペソ、2022年1月は4,617億ペソでした。1月の不良債権比率は3.28%で、2022年12月の3.16%から上昇、2022年11月の3.35%から2カ月ぶりに上昇しました。不良債権の増加は、高止まりするインフレと金利によるものだと分析されています。金利は、小規模ビジネスオーナーを中心に、既存融資を借り換える時など、債務者の支払い能力に大きな影響を与えます。ING銀行のシニアエコノミスト、ニコラス・マパ氏は、高まる借入コストと物価圧力への対応がない限り、不良債権の増加はしばらく続きそうだとコメントしています。
・クッシュマン&ウェイクフィールドは、世界的に銀行業界が不安定な中、フィリピンの銀行システムは安定的だと述べています。しかし、不動産投資は、世界的に高まる借入コスト、不調な市況、そして景気後退圧力により、減速する可能性がありそうだと述べています。
■オフィス
・国内でのフィリピン・オフショア・ゲーミング事業者(POGO)の営業停止を求める声がますます強まる中、フィリピン上院議院運営委員会は、本会議にて、POGOの全面的な禁止についての提言を承認しました。委員会は、POGOを維持することの社会経済的利益について公聴会を行った結果、国内の安全と秩序を保ち、経済成長を持続するためには、「POGOのコストは社会経済的利益を上回る」として、POGOを即時閉鎖すべきだという結論に至ったとしています。一方で、フィリピン労働雇用省は、POGO業界で働いているフィリピン人に、IT-BPOや製造業などに代替の雇用先を準備するように求められています。また、フィリピンゲーミング公社(PAGCOR)が賭博運営に専念する一方で、賭博その他のギャンブルの規制、認可、ライセンス付与の機能に特化した組織を設立するための法整備も必要だと言われています。
・クッシュマン&ウェイクフィールドは、最盛期から激減したPOGO事業者が国外退去したとしても、オフィススペースの需要は、好調なIT-BPM業界、業界全体の楽観的な見方、そしてオフィス回帰の動きを受けて安定的に推移すると見ています。POGOが去ることによる空白は一時的なもので、アウトソース企業やIT-BPM企業が需要にさらなる拍車をかけるだろうと予測しています。
■レジデンシャル
・フィリピンのベンチマーク金利は、中央銀行が3月に25ベーシスポイント引き上げ6.5%としたことで、過去16年で最も高い水準となっています。利上げのペースは、以前の2会合連続での50ベーシスポイント利上げからはやや緩やかになっています。2月の総合インフレ率はゆるやかに推移しましたが、コアインフレ率が加速したことが、内需の高まりとサプライチェーンの問題により急激に上昇する物価を落ち着けるべく、中央銀行をさらなる金融引き締めの方向に動かしました。一方で、最近になってインフレ率にやや落ち着きが見られることと世界経済減速の見通しから、中央銀行は2023年のインフレ率予測を若干下方修正し、前回の6.1%から6%に、2024年のインフレ率予測を前回の3.1%から2.9%に修正しました。
・パンデミック関連の規制が緩和され、消費者心理も改善する中、レジデンシャル不動産需要は高まる借入コストの影響を受けるだろうとクッシュマン&ウェイクフィールドは述べています。消費者バスケットの縮小が今後も見込まれる中、さらなる金利上昇は、中所得者層を中心に、マイホーム購入の時期を遅らせそうです。
■ホスピタリティ
・2023年第1四半期、観光省は、2022年同時期に記録した約10万人の10倍以上となる132万人の外国人観光客がフィリピンを訪れたと推定しています。外国人観光客の増加の背景には、より多くの国々でパンデミック関連の規制が緩和されたことに加え、フィリピンが国内外の観光客にとって人気の旅行先のひとつであったことがあります。観光客を国別にみると、韓国(25.9%)、米国(18.11%)、カナダ(5%)、オーストラリア(4.76%)でした。1991年から2022年までで、月別の外国人観光客数は2020年1月が最も多く796,164人、最も少なかったのは2020年4月の948人でした。2023年通年で、観光省は480万人の外国人観光客を見込んでおり、実績が予想を上回るのではないかと期待を込めています。一方で、観光省は、廃棄物処理その他サスティナブルな観光インフラおよびプロジェクトを通じた観光業界の持続可能性向上のため、CEMEXフィリピンとの協議を続けています。
・外国との往来の再開、ビジネスの正常化などで、外国からの渡航者の増加やMICE市場の活発化が進み、旅行・ホテル業界の回復が早期化することが期待されています。クッシュマン&ウェイクフィールドは、政府と業界ステークホルダーが一丸となって、観光プロモーションを積極的に実施し、国内外の旅行者の需要をつかむことによって、パンデミック後の回復への道のりが強化されるだろうと述べています。
■工業/物流
・フィリピンのエンジニアリング&インフラ企業であるメガワイド社は、シンガポールを拠点とするエボリューション・データセンターズ(Evolution Data Centres Pte.Ltd.)、エボリューション・データセンターズ・フィリピン、エボリューションDCキャピタルで構成される企業グループと株主間契約を締結し、データセンター事業に乗り出しました。この株主間契約は、カヴィテ州に69メガワット(MW)の施設を長期的に開発するために3億ドルを投資するというもので、第1期では今後5年間で最初となる23MWの施設を建設します。メガワイド社は、同社初となるデジタルインフラスペースへの投資で、企業の運営や消費者動向におけるデジタル化の重要な役割を認識しています。一方で、エボリューション・データセンターズは、フィリピンでの事業を決定した根拠として、国内での高まるデータ消費とデジタルトランスフォーメーションに向けた政府の力強いサポートを挙げています。
・急速に進行するデジタルトランスフォーメーションとアナリティクスおよびAIの採用が国内のクラウドサービス需要を押し上げており、データセンター投資が成長しています。クッシュマン&ウェイクフィールドは、ハイパースケーラーと呼ばれる大規模なクラウドサービスプロバイダーを国内に呼び込むためには、十分な電力量の確保と、中断なくサービスを提供できるように度々起こる自然災害の損害を軽減する能力が求められていると述べています。
■小売
・海外で働くフィリピン人労働者からの送金は、2023年1月、前年同月の26.7億ドルから3.5%増加して、27.6億ドルとなりました。2022年12月の5.8%と比較すると増加率はややゆるやかになっているものの、フィリピン国内の物価高に対応すべく家族への送金額が増えていると分析されています。陸上、海上の労働者ともに現金送金額は増加し、それぞれ前年同月比で4%増、1.8%増となりました。一方で、物価高の影響は世界的なもので、海外の生活費の上昇もまた送金額に影響を与えたものとみられています。送金元の国別に見ていくと、米国が最も多く41.9%、続いてシンガポール(7.2%)、日本(5.9%)、サウジアラビア(5.9%)、英国(4.8%)、UAE(3.2%)となっています。
・クッシュマン&ウェイクフィールドは、経済活動が全体的に改善したことで、ショッピングモールの客足やリテールスペース需要に増加がみられるとする一方で、リテール業界は家計に大きく依存しているため、過去に例を見ない物価高により消費者が生活費を節約する傾向にあることから、短期的にリテール業界の回復の足を引っ張ることになりそうだと述べています。
(出所:Cushman &Wakefield)
(画像:UnsplashのREY MELVIN CARAANが撮影した写真)
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