[米国] 商業用不動産向けローン懸念とオポチュニスティック型ファンド

2024/03/04


米国不動産ローンがデフォルトを増やしており、地銀不安が燻っています。



2024年1月31日と2月1日の2日間で、米ニューヨーク州の地方銀行のニューヨーク・コミュニティ・バンコープ(NYCB)の株価が約45%急落しました。2月2日、株価はいったん持ち直しましたが、週明け5日には再び10%超えの下落となりました。





(出所:New York Community Bankcorp, Inc.



NYCBの2023年10月〜12月期の決算は、事前のアナリスト予想では2億600万ドルの黒字でした。しかし、同行は2億5,200万ドルの純損失を発表し、予想外の赤字となりました。この予想外の赤字転落となったのは、大幅な貸倒引当金計上の影響です。NYCBはアナリスト予想の10倍を超える5億5,200万ドルの貸倒引当金を計上しただけでなく、減配を決めたことが、市場に大きなネガティブショックを生んだのです。地銀の健全性に対する懸念が再燃し、地銀株に売りが広がりました。



さらに、直近では、2月29日に、過去の取引の「のれん減損損失」評価の結果、2023年10-12月(第4四半期)と通期の純利益が24億ドル(約3600億円)押し下げられると明らかにし、アレッサンドロ・ディネロ会長が同日付で社長兼最高経営責任者(CEO)を兼務する人事を発表、社内のローン審査に関する「内部統制の重大な脆弱性を特定した」と開示したことで、同行の株価は時間外取引で21%近く下落しました。



NYCBは、傘下のフラッグスター銀行を通じて、2023年3月に経営破綻した米シグネチャー銀行の融資債権など資産約380億ドル(現金250億ドルとローン約130億ドル)を連邦預金保険公社(FDIC)買い取り、40店舗の運営を引き継いでいました。



米国の商業用不動産(Commercial Real Estate(CRE))市場は、米連邦準備制度理事会(FRB)による大幅利上げの影響、リモートワーク定着によるオフィスの空室率の高止まりなどによって大きな打撃を受けています。



NYCBは、CRE向け融資を中心とする保有資産の価格が下落、債権の焦げ付きに備えて貸倒引当金繰入を増やしたのです。また、NYCBは、2023年のシグネチャー銀行の買収以前にも、2022年にフラッグスター銀行を買収しており、総資産が1,000億ドルを超えたことで、従来よりも厳格な資本・流動性要件が課されていました。



ピクテ・ジャパン株式会社シニアフェローの大槻奈々氏は、NYCBの問題を「CREローン問題と、米国の規制リスクを、一度に、かつ極端に体現したもの」と表現しています。また、特にCREローンのリスクは、米国の他の銀行の株価や、一部の欧州の金融機関にも影を落としていると言います。



大槻氏によると、現在の米国のCREローン規模は、2023年末時点で米銀の平均で、総資産の12.8%、融資全体に対して24.0%に上ります。2023年9月時点での延滞率は1%強とさほど高くありませんが、今後については楽観視はできない、と大槻氏は述べています。



というのも、銀行のCREローンの消極化により、CRE価格がさらに10%程度下落した場合、来年までにローンの延滞率は現在の2倍の2%程度に上昇する可能性があると予想しているからです。



その場合の米銀への打撃の程度について、Erica Jiangらの分析(*)を引用し、仮にCREのデフォルト率が2%程度まで上昇した場合、債務超過に陥る米銀の数は約50行、更に5%まで上昇した場合、債務超過に陥る米銀は120行前後まで増加しうると述べています。
(*)
 https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4413799



リサーチ会社MSCIによると、価格低迷と貸出金利の上昇に伴い、特にオフィス不動産を中心に、米国のディストレスト(*)商業用不動産は、2023年末までに858億米ドルに増加しました。財務上の問題を抱えた資産と金融機関によって引き取られた資産を含む不良債権残高は、年間を通じて増加しました。また、本格的な財務状況の悪化に発展する可能性のある潜在的ディストレスト物件は、全ての不動産タイプで約2,346億ドルに達すると試算しています。



一方で、米国の商業不動産業界におけるディストレス状況を活用しようと、ディストレスト・リアルエステート・ファンドの組成も進んでいるようです。ディストレスト・リアルエステート・ファンドとは、財務状況が悪化している物件に投資することを目的としています。



2023年5月には、ワシントンD.C.を拠点とするオルタナティブ資産運用会社ファンドライズ(Fundrise)は、商業用不動産プロジェクトへの融資に特化した5億ドルのファンドの組成を発表しました。



2023年8月には、インベスコ・リアルエステート(Invesco Real Estate)が、ディストレスト不動産に特化したファンドを発表しています。



2023年10月には、マイアミを拠点とするハイライン・リアル・エステート・キャピタル(Highline Real Estate Capital)が、南東部で不良債権化した商業用不動産の所有者をターゲットとする3億5,000万ドルの投資ファンドを立ち上げました。Highline Real Estate Fund 1は、7,500万ドルの任意資本コミットメント、1億ドルの他ファンドとの共同事業コミットメント、1億7,500万ドルの負債性融資を展開しています。



さらに、同時期には、富豪バリー・スターンリヒトのスターウッド・キャピタル・グループ(Starwood Capital Group)もディストレスト・ファンドを立ち上げています。



不動産ニュース「THE REAL DEAL」が報じているところよると、英投資データ会社プレキン(Preqin)の情報では、2023年末時点で、プライベート・エクイティ会社が主導するオポチュニスティック不動産ファンドのドライパウダー(投資家から調達済みでファンドがまだ投資に回していない待機資金)は1,200億ドルに達していたということです。



厳しい状況が続く中、米国の資本主義の逞しさを感じます。我々もこの時期から注意深く米国不動産の動きをモニタリングしていくことで、好機を逃さずに取引ができるようにしたいものです。




<出所>
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-01-31/S84QV6T1UM0W00
https://www.pictet.co.jp/investment-information/market/deep-insight/20240214.html
https://www.msci.com/www/quick-take/us-commercial-property-distress/04355163707
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-02-29/S9MZOIT1UM0W00
https://therealdeal.com/miami/2023/10/23/miami-firm-launches-350m-distressed-cre-fund/
https://therealdeal.com/national/2023/08/15/wall-street-raising-funds-circling-commercial-distress/
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-02-29/S9MZOIT1UM0W00


(画像:UnsplashVinayak Sharmaが撮影した写真)